起こしてはいけない!
皆守甲太郎くんの部屋のベッドが壊れました。タイゾーちゃんのフライング・ボディアタックを食らえば寮のちゃちいベッドなんてそりゃもうひとたまりもないってもんです。
見事にへし折れたベッドを前に葉佩は仁王立ちで腕組みをし、ふうんと感嘆の唸りを漏らす。すのこ状の薄い床板はまあ折れて然るべきだけれど、マットレスも折れるんだなあ。
正しくV字を描いてど真ん中から哀れ谷折りになったマットレスは、裂けた底面からちぎれたウレタンと螺旋の潰れたスプリングをびよよんと愉快に覗かせている。上面は破れていないから山折りしてもとに戻せばまだ使えないこともないと葉佩は無駄に前向きに考える。お前は物を捨てることを覚えろ物持ちがいいとか自分を美化するな、と誰かさんの揶揄が脳裏によみがえったがシカト。
葉佩の隣では肥後が、巨体を最小限に縮めてしょんぼりと佇んでいる。そもそもなぜこんな破壊行為がなされたのかといえば、本日の墓への道連れに応じてくれた皆守(例に漏れず嫌々だった)と肥後(ペコスマイルで快諾してくれた)と一緒に皆守の部屋で探索の打ち合わせをしようとしたからだ。
なぜ皆守の部屋だったかといえば、日が落ちても絶賛昼寝続行中(もはやまったく昼じゃないが)の皆守を叩き起して葉佩の部屋に呼びつけるよりこっちから押しかけたほうが話も時間も百倍早いからだ。
さらになぜ探索の打ち合わせなんて普段なら墓に向かう道すがら簡単に済ませることを出発前に腰を据えて行うという面倒に至ったかといえば、葉佩が際限なく受けてくるクエストの内容が毎回無謀すぎるとかアホすぎるとか何かの罠だとか皆守が神経質に騒ぎ立てるので(まあ確かに某国首相に天丼のデリバリー頼まれたときはなんの罠か嫌がらせかと思いましたが)、「じゃあ次はお前に選ばせてやるっつーのカレー関係二つまでな!」と若干キレつつも太っ腹に選択権を託してやったわけだ。クエストを受けないという選択肢は無論ない、資金あってのトレハンですもの!
なのに皆守の寝起きは最悪だし目なんかろくにあいてやしねえのにわざわざH.A.N.Tに転送して提示して見せたクエスト候補から力強く指差してチョイスするのはもはや本能なのか「辛さを求めん」オンリーでお前アホか! お前がアホだ、と当たり前みたいに脚で反撃されて一触即発になったところで、葉佩の背後で肥後の腹がこの世のものならぬ音を立てた。彼も一緒だったことを薄情にも失念していた葉佩は慌てて四次元ベストを探り、ハリセンやら着ぐるみやらをずるずると引っぱり出した末にようやくポテトスナックを発掘した。
ら、タイゾーちゃんは跳んだ。獲物を狙うハンターの目で葉佩(の持っている大好物)めがけてそれはもう華麗に跳んだ。落ち着けと諭す間もなく葉佩はポテトスナックを放り出してソッコー退避し、さすがの皆守も瞬時に目を全開にしてベッドから転がり出た。そしてタイゾーちゃんは腹からベッドに着地、ベッド大破、腹の下からタイゾーちゃんが大事そうに取り出したポテトスナック無傷。どういうマジックですかそれ。
「……探索行こっか」
壊れたベッドを眺めるのにも飽きて葉佩が言うと、肥後は若干潤んだ目で見返してきた。皆守のベッドを壊してしまったことをずいぶん気に病んでいるが(しかしポテトスナックはその場で十秒で完食だった)肥後は悪くないと葉佩は思う。だって皆守がさっさと起きてりゃタイゾーちゃんの腹は減らなかったし俺はポテトスナック出さなかったしタイゾーちゃんも跳ばなかったし、つまり悪いの皆守じゃね? うん皆守だ。
そんな結論に達したと知れたら骨折必至の足蹴および一週間シカトおよび二週間お手製カレー抜きのトリプルコンボだろうが、当の皆守はすでに室内にいない。ベッド大破後、肥後が謝るのも聞かず、不機嫌が昇華した末のもはや殺意みたいな一瞥を葉佩にくれると無言で出て行ってしまった。甲太郎ってば気ィみじかーい。感じわるーい。
「皆守にはあとでもっかい俺が謝っとくから。つーかあいつタイゾーちゃんのこと怒ってねえから平気よ、やつの怒りはすべて俺宛てなの」
肉の厚い肩をぽふぽふ叩いて励ますと、肥後は大福みたいに丸めていた背をすこし起こした。
「どうして葉佩くんが怒られるんでしゅか?」
「うーん、俺に対する皆守の条件反射?」
「葉佩くんと皆守くんは、喧嘩するほど仲がいいの関係なんでしゅねー」
邪気のないふかふかの笑みを向けられ、葉佩はウフフと引きつった笑顔で返す。むしろ犬猿と思われて然るべきなのに、そういった印象をまるで与えていないらしいのが嬉しいんだか悲しいんだか気持ち悪いんだか。
複雑だ、と引きつった笑顔のまま眉間を険しくして変な顔をし、肥後を若干怯えさせたのち、葉佩は気を取り直してH.A.N.Tを起動した。皆守がフケやがったのでほかのバディを探さなくてはならない。
「時間あるって言ってたのは鎌治と奈々子と黒塚と」
「奈々子たんがいいでしゅ!」
H.A.N.T相手にぶつぶつ言っていると、後ろで肥後が弾んだ声を上げた。ばっちり餌付けされているようだ。平和だ。
今日は新しいエリアに踏み込むため、初見の敵や長丁場に備えて防御面重視でバディを募りたかったのだが、いまのベッド大破の一件で完全に出鼻を挫かれてやる気霧消、肥後に反対する理由は何もなく葉佩は舞草にメールを打つ。
お仕事終わりましたァ〜いつでもオッケーです! でもお腹すいちゃいましたァ、とすぐに返信がきたので、舞草の迎えがてらマミーズで腹ごしらえをしてから墓へ下りた。主にピザを投げたり食べたり特製ドリンクがぶ飲んだりアサルトベスト以上に四次元の様相を呈する舞草のマミーズロゴ入りエナメルバッグを羨んだりタイゾーちゃんをクッションに三人固まってぬくぬくグダグダ休憩したりで新エリアの探索はろくに進まなかったが、戦利品はそこそこだったのでまあよしとしよう。
夜半、舞草を職員寮まで送ってから、葉佩は肥後とともに男子寮の管理人を訪ねた。銃火器とか刃物とか血と土で汚れたアサルトベストだとかの不審物は肥後の背後に隠しておく。就寝間際だったらしく不機嫌な管理人をまあまあと宥め、これつまらないものですけどと明太子を渡してますます不審な顔をされたりしながら、新しいベッド入れてくださいとお願いする。不審と不機嫌極まれりといった様子で管理人は眉をひそめたが、肥後くんが(跳び)乗ったら壊れましたと言ったら、ああ……となんだか遠い目をして納得されて、早急な手配を約束してくれた。
よかったねーエヘ、と肥後と顔を見合わせてペコスマイルしながら葉佩は管理人室をあとにする。皆守は今夜の寝床をどうしたのだろうとふと気になったが、心配するだけ無駄だとすぐ思い直す。ベッドが使えずとも床に布団を敷けば済む話、もとよりあいつは十一月の寒空の下屋上のごっついコンクリ床で平気で寝られる無神経なのだ。そして風邪もひかないのでたぶん馬鹿だ。
「じゃあでしゅ葉佩くん、おやすみでしゅ〜」
八つ手みたいに大きな、けれどふくふくと柔らかい手を振る肥後と三階の廊下で別れ、葉佩は土臭い身体と眠たい頭と汚れた得物を引きずって自室へ向かう。夜間外出禁止令を逆手に取って墓地から寮まではどんなにキテレツな様相(葉佩の格好持ち物連れているメンツエトセトラ)を呈していようが大手を振って歩けるが、寮に戻れば、消灯時間を過ぎた深夜といえど一般の生徒の目にとまる危険は爆発的に高くなる。アサルトベスト姿ぐらいならどうとでもなるが、銃器鈍器刃物爆弾生肉卵パイプ椅子を目撃されたらさすがに言い訳が難しい(ていうか鉄板で犯罪者ですよね!)。
遺跡のあのよくわからん井戸に放り込んで先に部屋に送っちまえばいいだろ面倒はごめんだつーかあの井戸の原理を俺にもわかるように解明して五十字以内で説明しろ納得がいかん、といつも皆守に非難されるが、常に万が一に備えたい葉佩としては特に夜間に丸腰になるのは頂けない。遺跡以外の学園敷地内でも物理的な警戒を解かない、つまり危険が起こる可能性を考えている点にも皆守はいい顔をしないが、実際木刀とか銃とか振り回してるのがいるではないですか。と、皆守に意見したら、そんなことは知ってるそういうアホ相手にお前まで得物で対抗する気か騒ぎを大きくするな、ときた。《生徒会》が無闇に校内で仕掛けてくることはないと踏んでいるのでも葉佩の心配をしているのでもまったくない、ひたすら面倒を嫌っているだけの皆守“やる気ゼロ”甲太郎ブラーヴォ。死んでしまえ。
肩から下げたMP5A5と背負ったメイスが歩行の振動でぶつかり合う音を聞きながら、確かに一般生徒に見せられた姿ではないと自覚はあるが、一般人だからこそ本物と思うはずがないと高を括っていたりもする。その呑気さはハンター訓練生時代に最大のマイナス要素として成績の足を引っぱり、いずれ命取りになると教官にも再三再四警告されたが、生まれ持った性質ゆえ、そして何より改める意思が実に希薄だったので(なぜならハンターライセンスは無事取れた)、ろくな改善もないまま今日に至る。それどころか、毎晩遺跡から戻る頃には疲労と眠気でメーターが振り切れる寸前で、平時以上に頭がアバウトになっているのが現状だ。
そうこう考えるうちに今夜も目撃者なく自室に帰り着き、無問題、と葉佩はあくびをしながらドアノブに手をかける。ノブは回らなかった。何度回そうとしてもガチガチと鳴るだけだ。
葉佩は小さく首を傾げる。鍵を掛けた覚えはない。というか、“物を捨てられない男”の汚名に違わずそろそろ足の踏み場の怪しくなってきた室内で先日鍵を紛失して以来、外からは掛けられない。トレハン的反則技を使えば鍵などなくてもいくらでも施錠できるが、いちいち面倒だし、盗られて困る物より盗って困る物のほうが圧倒的に多いカオスルームだ。きっと泥棒もよけて通るに違いないと例によって呑気に判断し、外出時の施錠も鍵の捜索も怠っている次第である。
にもかかわらずあかないドアをぼんやり訝しみながら、葉佩はごく自然にピッキング道具を取り出す。ベストではなく制服の内ポケットに常備の愛用品だ。
しかしドアノブの前にしゃがみ込んで慣れた作業に取りかかって三秒、所狭しと室内に収納してあるガラクタ(by皆守)(全国のトレハンの皆様に謝れお前)が雪崩を起こしてドアをふさいでいるだけなんじゃないかと思い至る。冷静に考えれば当たり前だ、部屋の主である自分が鍵を掛けていない以上施錠されているわけが、いや待てこのドアは外開き、物がつかえるはずがない。
謎は一方的に深まるばかり、しかし混乱する間もなくピンと手応えがして鍵が外れる音がした。やはりきちんと施錠されていたということだ。
おかしいなあと首を捻りながらふたたびノブをつかむと今度は簡単に回り、ドアもなんの不審点もなく滑らかにひらいた。ほんの一瞬の躊躇ののち、葉佩はとりあえず首だけ室内に突っ込んでみる。躊躇したわりに血迷ったごとく無防備かつ無自覚な行いをかましているあたり、かなり眠い。
当然ながら室内は暗く、窓辺に鎮座するファラオの胸像だけが、雑多な物に埋もれながらも月明かりを受けて異様かつ燦然と輝いている。異常なしと判断して葉佩は部屋に入り、後ろ手にドアを閉め、そして背負った武器を下ろす間もなく早速異常を発見した。
どこかの偏執的な寝太郎ほどではないが、葉佩も睡眠はそれなりに重要視しているので、床がいかにカオスに侵食されようともベッドの上にはなるべく物を置かないよう心掛けている。寝床の確保はもちろん、疲れきって帰還して即ベッドにダイブしても危険がないようにというのがいちばんの理由だ(訓練生時代、実習でへろへろになって戻りベッドに倒れ込んだら発掘品の石やら金属片やらが転がっていて余計な血を見たことがある)(ついでに発掘品の届け出が面倒で部屋にため込んでたのがバレて大目玉食らいました)。
そのベッドに唯一大事に置いておいた遮光器ぬいぐるみが床に落ちている。代わりにもじゃっとしたものが枕にのっていて、葉佩は脱力してドアに背をついた。背骨とドアの厚板のあいだで、メイスが物騒に軋む。
暗がりのせいももちろんあるのだろうが、すこし目を凝らしたぐらいではわからないほど布団の膨らみは不確かで、皆守は身体が薄いのだなあと葉佩は余計な感心をした。悪意殺意作意その他諸々、害意全般には至って敏感だが、そうでない気配は見逃しがちな散漫さがある。とは言え人の留守中に無断で部屋に入ってベッドを占領、挙げ句ご丁寧に鍵まで掛けて居住者当人を閉め出しというのは、探知できて当然の立派な害意ではなかろうか。
皆守は身体も薄いが気配も薄い、と葉佩は疲労と眠気でだいぶ鈍ら化している自分の知覚を棚上げし、全部を皆守のせいにしようとする。しかしふと鼻をひくつかせてみれば、希薄な気配より、ひょっとすると姿形をも凌駕する濃密さでその存在を主張してくる特有の香りが確かにするじゃないか、気づかなかったなんて相当疲れている。それともすでに香りに鼻が慣らされてしまったのだろうか、笑えない。
武器とベストと制服の上着を乱雑に床に脱ぎ捨て、葉佩はベッドに近づく。細くやや間隔の広い寝息を規則正しく立てている皆守は、遮光器ぬいぐるみを頭にぶつけてやっても起きやしないし寝息もまるで乱れない。
「みーなーかーみー」
起きてー、起きてくださーい、ねえーん起きてえーん、と俯せて壁のほうを向いた頭を小突いていると、何度目かでようやく低く唸り声が上がった。ものすごく億劫そうに葉佩に顔を向けた皆守は、申し訳程度にひらいた片目で怠惰な視線を寄越す。
「おはーもじゃ守くん」
「……殴るぞ」
「ベッド返して」
「いやだ」
ぷい、と皆守はまた壁を向いてしまう。わあーびっくりする。そのためらいなき図々しさ、びっくりする!
眠たいときとカレーが食べられないときの皆守の人非人じみた態度の悪さは重々承知だが、葉佩だって墓帰りで疲れている。ゆえに眠い。激眠い。
うんそうね、眠いと気が短くなっていけないわね、このもじゃい生物をさっさと引きずり出して捨てて寝よう、と葉佩は無造作に皆守の肩に手を掛けた。ら、逆にその手首をつかまれて捩り上げられていってええェよ何すんの、何すんのじゃねえさわんな出てけ、俺の部屋だよお前が出てけ、うるさい死ね、とベッドを死守するためなら葉佩殺しをも辞さない構えの最悪に身勝手な皆守と不毛にメンチ切り合うこと一分、眠気と理不尽さと締め上げられる手首の激痛が同時にピークに達して精神破綻、葉佩は究極かつ投げやりな妥協に出た。
「わかった! 一緒に寝よう!」
それを聞いた瞬間の皆守の顔ときたら世界の果てを見たように衝撃的、地球上に葉佩とふたり生き残ってしまったみたいに嫌そうだった。罵倒や反論をされる前に、葉佩は手首をつかむ皆守の指をがぶと齧る。ぎあと変な悲鳴を上げて手を離した皆守をその隙に力任せに壁際に押しやり、空いたベッドの半分に素早くもぐり込んだ。
「気持ち悪いんだよお前は!」
「はいはいおやすみ不法侵入者ー」
背を向けて皆守に取り合わず、葉佩は鼻先まで布団を引き被る。
「くそ、お前にだけは言われたくないぜ」
心底不本意そうに(しかしあくまで自分に非はないと言わんばかりの)皆守の声を背中に聞きながら、葉佩のまぶたはなんの歯止めもなく一気に下りる。男二人でシングルベッドとかマジ寒い、狭い、寝返りも打てないとかどんだけ不自由とは思うものの、一度ベッドに沈み込んだ身体は四十五度の眠りの急斜面を直滑降、眠ってしまえば何も気にならないという極論的譲歩。
短く舌打ちが聞こえてマットレスのたわみ方がやや変化し、皆守も葉佩に背を向けたのがわかった。背中がぴったりくっついてるこの状態ってどうなんだ皆守骨張ってんなあとか眠気の隙間でぐるぐると葉佩は思うが、あったかいからまあいいかとまた妥協。あっという間に思考が平らかになり背中合わせの熱にわずかに意識が残るだけになったところで、後ろでぼそりとまた声がする。
「お前の心臓、」
「はえ?」
「なんでそんなにうるさいんだ、お前の心臓の音」
寝られないだろう、と、普段は始業チャイムの鳴り響く中でも八千穂と茂美ちゃんの舌戦を聞きながらでも葉佩が話しかけている最中にでも簡単に落ちるやつが言う。
「……それはね、お前とひとつベッドの中だからだよ、赤ずきんや」
「誰が赤ずきんだ、婆さん」
「いって!」
腰の後ろにエルボーを食らったのを最後に、葉佩の意識は闇に溶けた。夢の一片すら見ずに泥のように眠った、のに、妙に寒くてふと目を覚ませば遮光器ぬいぐるみを抱いて床の上で丸くなっていた。身震いしながら身体を起こしてベッドを見れば、皆守がひとり安らかに眠っている。
ありえない、と長々溜め息を吐き出して、葉佩は床に座り込んだままベッドの端に頭を凭せ掛ける。ここは俺の部屋でこれは俺のベッドなのに。ていうかマジ、心臓ドキドキしてたとかありえない、どうした俺!
確かにさっき鼓動が速くなっていた、皆守に指摘されてはじめて気がついた、だけど密着した背中越しに伝えられた皆守の心臓の音だってひどく騒がしかった気がするんだ。
鳥肌が立った。それじゃあ まるで 両想
「って、きもいわ!!」
青ざめんばかりのドン引きで悲鳴を上げ、葉佩は勢いよく立ち上がる。このままここにいたら何かが決定的に瓦解する気がする、それは例えばこれまで地道に築いてきた僕の真っ当な人生とかそんなような、冗談じゃないわ!
ベッドは諦めようとりあえず床じゃなくて寝られればもうなんでもいい、と破れたマットレスが放置されているだろう皆守の部屋に避難するべく一歩後ずさったとき、突然皆守が目をあけた。ひっ、とつい声を上げてしまった葉佩を皆守は妙に静かな目で見上げ、緩慢な動きで壁際に身を寄せると、空いた右側をポンポンと叩いて見せた。
「……ほら。寝ろ」
笑ったかと見紛う穏やかさで言って一秒、皆守はふたたび自分が寝た。あの皆守甲太郎が人に寝床を分け与えるなどありえないので、言うまでもなく鉄板で世界の約束でいまの彼は寝ぼけていただけだ。
だからお願い神様仏様阿門様、信じられないほど顔を火照らせて一歩も動けなくなっているこの俺も、どうか寝ぼけているのだと言ってくれ。
(ma
ji de !!!!)
2008.9.12
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