I don't give
it 
野球部のオフと浜田のバイトの休みと、ついでに泉の誕生日が重なった。他愛ない偶然だと泉は思ったが、浜田は稀に見る幸運と言って譲らなかった。泉が自分の誕生日に無頓着なことにも、なぜか浜田のほうが抵抗を示した。
「ついでじゃねーだろ、主役じゃん」
「なんの」
「野球部名物、部員誕生会」
「名物じゃねーし今日でもねーし」
「あ、そうなの?」
ざわつく朝の教室で顔を合わせざまのそんな会話のあと、浜田は露骨に肩を落とした。誕生会には呼ばれなくても混ざる気だったのだろうし、あわよくば来月の自分のときもパーティーしてほしいなーとか思っていて、その約束を取りつける機会を密かに窺っていたのだろう。そして今回の泉の誕生会を絶好のチャンスと踏んでいたに違いない。
泉の誕生会は比較的誕生日の近い阿部の分とまとめて来週ひらかれることになっていて、そこにはものすごおおっく当たり前に、阿部と同じく十二月生まれの浜田のお祝いも含まれていたりするのだが、泉はあえて言わずにおいた。わざわざ教えてやって浜田を喜ばせるのは癪だ、なんとなく。けれど黙っていれば必然的にサプライズが成立してしまい、当日浜田が無駄に大喜ぶと思うとそれも癪だ。
喜ばせずに済む方法はないものかと泉が淡々と人でなしな思案を巡らせていると、浜田が妙に真面目くさった顔で訊いてきた。
「じゃあ今日あいてんの?」
「あいてっけど」
「その時間オレにください。特別な人と過ごす特別な一日、プライスレス」
「言葉にならねーほどキモイな」
本気で引きはしたものの断る理由がなかったので、泉は放課後浜田と遊ぶ約束をした。のに、もはや日課の睡魔との攻防をくり広げつつ長い授業を乗り切っていざ放課後を迎えてみれば、見事に居残りになりやがる浜ダブリ良郎。もうオメーはそういう星のもとに生まれついてんだ常に人様に一歩遅れを取る運命なんだごしゅーしょーさまそんじゃサイナラ。
泉は当たり前に約束を反故にして先に帰ろうとしたが、浜田の泣き落とし(うざい)猫撫で声(キモイ)マックおごるから(安い)じゃあデニーズでデザートとドリンク付き!(……)にほだされて結局一緒に残るはめになった。
居残りの原因はといえば授業中アホだったからとか無礼を働いたからとかではなくて、日直日誌が真っ白だったせいだ。ある意味アホではある。号令をかけたり提出物を回収したり黒板を消したりの雑用は抜かりなくこなしておいてなぜ日誌だけ忘れるのかと泉が訝ると、だって日誌書いたことねんだもん、と浜田は悪びれずに言い垂れた。
いままでずっと、それこそ中学のときからずうーっと、肉体労働を進んですべて引き受けるかわり頭脳労働はがっちり女子に押しつけて日直当番をこなしてきたらしい。要領がいいというかそこまで日誌を書くのがいやかというかちょっと女に人気出そうだなと思えばなんだかおもしろくない(「浜田くんて号令とか黒板とか全部やってくれて優しいよねー」、て、女子のみなさん、日誌のがめんどくないですかごまかされてませんか)。
ところが今日は浜田と一緒に日直だった女子が、一時間目が終わってすぐに体調不良で早退した。浜田はひとりせっせと日直の仕事に精を出したが当たり前に肉体労働オンリーだったため、放課後になってようやく発見された日誌は悲惨なまでに未記入。
「二時間目って現国だったっけ」
「政経だよどんだけ記憶力ねーんだよ。つーかまだ二時間目書いてんのかよ!」
浜田は窓際の自分の席で日直日誌を広げてはいるものの、いかにもやる気がない。右手に握られたシャーペンは時折軽やかに宙に軌跡を描きはするが、着地して文字を綴る気配はいっこうになかった。
「三時間目が現国?」
「古文。やっぱ先帰っていいか」
いちおう了承を得ようと仏心を出したのが誤りだった、泉の言葉を聞くなり浜田はあからさまに非難がましく頬を膨らませ、ぷいとそっぽを向いた。シカトか。ガキか。うぜえー。
無条件で殴りたくなって泉がグーを振り上げたとき、窓のほうに顔を背けてふてくされたように机に寝そべろうとしていた浜田の黄色い頭が、急に勢いよく起き上がった。
「泉! あれ見てあれ!」
頭どころか身体ごと椅子から立ち上がって窓をあけながら、浜田が泉を手招きする。テメいいから日誌書けよと思いながら、泉も窓に近づいた。
西日に照らされたオレンジ色の中庭を、二年だか三年だかの女子が三人歩いている。ひとりは私服、ひとりはジャージなので西浦の生徒だろうが、セーラー服姿のあとのひとりはどうやら他校生のようだ。どこの制服なのか泉にはわからないが(篠岡に訊けばたぶん一秒でわかる)、そのセーラー服がめちゃくちゃ美女。そして巨乳。
「うわ、すっげ美人」
「胸でけー」
「オメーまずそこかよ」
「男ですもの。泉巨乳好きくないの?」
「でかけりゃいいってもんじゃねーよ」
「て言いつつ?」
「でかいのも捨てがたいな」
揃って窓から身を乗り出して熱く言い合っているうちに、女子たちは中庭を横切り、校舎の角を曲がって見えなくなった。思いがけずいいものを見たよし帰ろう、と泉はすぐさま窓から離れる。浜田の机の上の日誌をちらりと見たが、まだ半分も埋まっていない。絶対いますぐ先に帰ろう。いまならまだいつものコンビニに田島や三橋あたりがいるかもしれない。
もはや浜田の了解を得る気もなく自分の席に鞄を取りにいく泉の背を、浜田の脳天気な声が追ってきた。
「泉もセーラーとか着ればいいのに」
いま聞こえたの何語ですか? と泉は鞄に伸ばしていた手を一瞬止める。
「オレの誕生日んときに着て見してよ」
「プレゼント的な意味で?」
「そーそー」
自分の耳を疑う、のではなく浜田の頭を疑う、のでもなく疑うまでもなく脳細胞全部死滅しちゃってんだなあ同情するぜと泉は生ぬるく笑った。
「別にいーけど」
泉が鞄をつかんで振り返り半眼で答えると、浜田はへらーとものすごくしまりのない顔を
「えっやったー。って、え!? えええ!?」
した、かと思ったら途端に驚愕の表情になる。泉は浜田の机の横に戻り、そっと鞄を振りかぶる。
「二回驚くな、うざい」
「マジでオッケーなの泉くん!?」
「オメーがミニスカメイドやんならな。ガーターベルトでパンツも女物な」
「……メイドさんのミニスカって邪道じゃない?」
目を逸らしつつ小声で異議を唱える浜田の頭めがけ、泉は冷静に鞄を振り下ろした。
「確かにな。死ね」
完璧にとらえたと思ったのに、ひいと悲鳴を上げて浜田はすんでのところで凶器をかわした。鞄は浜田の机を直撃し、弾みで日誌が床に落ちる。運動してねーくせに運動神経は生きてんだなと泉は忌ま忌ましく目を眇める。
その後しばらく、鞄を再度ハンマーのごとく振り回したりまたよけられたりをくり返して時間を大いに無駄にした。さらにそのあと、日誌にくっきりとついた上履きの足跡がどっちものかとかで揉めて、ようやく居残りから解放されたときにはすでに外は暗くなっていた。
駐輪場ですっかり日の暮れた空を見上げ、泉は殺伐とため息を吐く。その様子をびくびくと窺いながら、浜田が遠慮がちに口をひらいた。
「あのさ泉、うちこない?」
「デニーズ」
「た、誕生日ケーキ買ってさ」
「デニーズ!!」
泉はカッと阿部ばりに稲妻を背負って怒鳴った。
「そういう約束だろオレの誕生日でオレが主役なんだろオレのために金使え浜ダブリ!!」
そうでしたーと浜田は情けない顔で笑ったが、メシのあとオメーんちでケーキ食う、と言ってやれば途端に笑顔の輝きが変わる。特大の誕生日プレゼントをもらったこどもみたいだ、今日誕生日なのは泉のほうなのに。
「泉、手ェつなぎたい」
「……チャリ乗れねーだろ」
泉はさっさと自分の自転車の前カゴに鞄を放り込み、サドルにまたがる。途端に浜田の笑顔がしょんぼりと曇ったので、これでいい、と思った。今日は自分の誕生日なので、浜田からもらうことはあってもあげるなんてありえないので、これ以上喜ばせてなんて絶対にやらない。
2008.12.28
/ 超いまさらだけどおめでとう泉! 生まれてくれてありがとう!
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