イコール、 恋
変!
「花村、俺の子を産んでくれ」
「誰が?」
「花村って言ったじゃないか」
「産めねえよ」
「あれ、動揺とかゼロ?」
「慣れました」
ちぇ、とつまらなそうに唇を尖らせて月森は席を立ち、花村のそばを離れていった。常に鉄壁の無表情を誇っておきながら、瞬間的にならいくらでも感情を剥き出すのがちょっとむかつく。ほんの一瞬だけ笑ったり怒ったりして見せて、あっという間にもとの平たい表情に戻るのでまるで詐欺まがいの手品みたいだ。けれど、普段ぴくりとも動かない能面が不満げに牙を覗かせたり惑うように眉を寄せたりするのは見ていて非常におもしろい(そしてやたらと嬉しかったりもする、そんな自分を花村は近頃ひどく扱いかねている)。
月森が教室を出ていったのを見届けて、花村はぐったりと机に突っ伏した。
もうとっくに春は過ぎたというのに、最近月森はおかしい。相手が女の子だったらセクハラとか愛の告白とかプロポーズとさえ取られかねない、というか確実に取られるピンク色に浮かれた台詞を花村に向かって言う。つまり、本来女の子に言うべきことを花村に言う。
当然花村はタチの悪い冗談(一割)もしくは嫌がらせ(九割!)だと受け取っているし、月森もそうと承知しているようだ。が、万が一花村が本気にしたらそれはそれでいいと大いに思っているふうなのがこわい。おかしい。誰が本気になんてするか!(クマきちなら一秒でするだろうけどな!)
心なしか鈍痛のする花村の頭上を、里中と天城の声が通り過ぎていった。連れ立ってトイレ(たぶん)(休み時間+女子ズの外出=トイレの法則!)へ行っていたのが戻ってきたようだ。じきに次の授業が始まる。宿題をやり忘れていたことをいきなり思い出してしまって、後の祭り過ぎて花村はますますぐったりと机に額を押しつけた。
月森の言葉を本気になんてするわけはないが、澄ましてスルーできるほど平静でもいられなくて、日々まじめに考察を試みている。結果、いつだって出る答えは一緒だ。
月森って 俺のこと 好きなんじゃないの?(わああ、引く!)
しかし引くのはそういう結論に達する自分にであって、月森に対してじゃない。もし月森のあれが冗談じゃないとしたらどうすれば、なんて血迷って考えてしまって変な汗をかいたりはするけれど、気持ち悪いとかマジ勘弁とか思ったことは一度もないのだ。
休み時間終了のチャイムが無情に鳴り響き、花村は仕方なくのろのろと身体を起こす。と、机の横に月森が立っていた。相変わらず表情も気配も反則的に薄い。
「花村、やっぱり俺の子」
「お前が産むってのはどうですか」
「は?」
「月森が俺の子産めば」
人生最大のつまらないジョーク、のつもりだった。なのに月森にだけ聞こえるように声をひそめた自分の挙動に、花村の頭の中で無数の「?」が渦を巻く。
月森は一瞬だけものすごく目を丸くしたが、すぐさま瞬間冷凍みたいに普段の無表情に戻ると、無言のまま花村に背を向けて席についてしまった。無視ですかこのやろう。
無駄にサラ艶な後頭部に消しゴムでもぶつけてやろうかと花村は思ったけれど、
「どしたの月森くん、顔真っ赤」
不思議そうに月森の顔を覗き込む里中の言葉を聞いた途端、自分の頬もカアと熱くなったのがはっきりとわかった。!!??!? と言葉にならない悲鳴を危うく飲み込み、花村は慌てて教科書を広げて机に立てて、その陰に頭を伏せる。なんで赤くなるんだ月森、無敵のポーカーフェイスはどうした! ていうかなんで赤くなるんだ俺!
月森、やばいぞ、俺たちはおかしい!!
2008.11.18
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