手抜きの恋
コンマ一秒すら惜しんでらっしゃるご様子で!(なにそれ意味わかんね!)
異様にまばたきの間隔の長い不二周助の視線と集中力は余すところなくフルハイビジョン液晶テレビのゲーム画面に食い入って、コントローラーを握る指を忙しなく的確に動かす様は普段とはまるで別人のよう。
俺の知らない不二発見、と菊丸は不二のベッドに寝そべったまま大口あけて犬歯を剥き出した。こころと身体が素直につながっているからすこしでもつまらないことを考えると噛み殺す隙もなくあくびが出てしまう。ふたりでいるのに不二が相手をしてくれないのでひどく退屈だ。
菊丸はシーツを巻き込みながらずるずると四つ這いでベッドから下り、床に頬をつけてベッドの下の細い隙間を覗き込んだ。薄暗い奥に無造作に押し込まれた平たい影が見える。目一杯腕を伸ばしてベッドの下を手探りするとすぐに紙束の感触が指先に触れ、菊丸は意気揚々とその雑誌らしきものを引っぱり出した。
はい出たゲッチュー、月刊プロテニス先々月号ー! どアホ!
発掘品をばっしと床に叩きつけて再度ベッド下に手を突っ込むある意味自然で健全な菊丸の奇行も不二の集中を削ぐには至らないようで、コントローラーのボタンの鳴る音は軋みにも似て響き続ける。
次いでやや厚みのある紙の切れ端を探り当て、菊丸は今度こそ期待を込めてそれをつかみ取り勢いよく身体を起こした。不二と裕太のツーショット写真ー! 裕太の眉間のしわがハンパないとこがほほえましーい!
「不二おまえは男としてまちがってる! つーかつまんねえ!」
写真を放り捨てながら菊丸がわめくと、不二はテレビから目を離さないまま淡々と応酬してきた。画面には不二の操るキャラクターが九十七人抜きの表示。
「エロ本はベッドの下なんて型通りの英二の発想こそつまらないよ」
「じゃーどこにあんの」
「英二には絶対見つけられないところ」
瞬く間に九十八、九十九人目撃破。不二がコントローラーを置く気配はない。
菊丸はのろのろと不二の横に座り込み、そのまま床に横倒しになった。女の子の部屋みたいな毛足の長いラグの寝心地は日向に干し立ての布団並みに良い。冬も間近のこの季節はもちろん、動物の背中みたいに暑苦しいラグの上でなんて寝たいはずもない真夏でさえ、エアコンをフルに利かせた不二の部屋でならこの代物はむしろ積極的に存在を許容される(ところがいざ夏になってみればふかふかラグは颯爽と竹ラグに取って代わられるという贅沢さと抜かりないコーディネート! どんだけいいご身分!)。
しかし家庭環境の良し悪しで菊丸が不二に対して卑屈になることはない。不二の部屋に入り浸れば済む話だし実際それが許されている。不二のものは(わりと)俺のもの。俺のものは絶対的に俺のもの。
常に押しかけてきている立場なので相手にされなくても文句は言えないのだがここまで完璧に邪魔、というか邪魔にさえされずに放置されるのは滅多にないパターンだった。菊丸がひとりゲームに熱中して不二をほったらかすことはあっても、その逆なんてたぶん今日がはじめてだ。
床から見上げる不二の横顔は一心にゲーム画面を見据えて微動だにしない。大きくひらいた瞳が画面の内で叩き出される必殺技の効果を反射して時折真白くひかるように見える。不二の集中力というのはなぜこうも殺気じみているのだろう。
「不二顔が超こわい」「おまえもマジでゲームとかすんのね」「俺それ最高百九十人抜きなのすごくない?」「喉渇いたにゃー」「なんでそんなイラついてんの」
返事がないことを取り立ててどうとも思わずひとりごと然と菊丸がしゃべり続けるうち、不二が唐突に反応した。これに反応したらいやだなあと思いながら言ってみたひとことにだけピンポイントに食いついてくるあたりがさすが不二。肉食獣のよう。
「イラついてないよ」
肉を食むみたいに言葉を噛んだ。
「そうスか?」
「そうスよ」
えげつないハメ技を繰り出すコントローラー上の不二の指は止まらず菊丸もぐにゃりと床に横たわったまま目も顔も合わせず白々と否定と疑問を交わし合う。アップであろうと試合であろうと手塚と一戦交えたあとの不二がこうなることを本当はいやというほど知っていた。
菊丸はこういう会話がだめだ。明け透けなはぐらかしは思わず薄笑いが漏れるくらい気持ちが悪くて受けつけない。もとい、自分がごまかす側であれば何も問題はないが人からそうされるのがとても嫌いだ。それを世間一般には自分勝手もしくは我が儘というしかもおまえのは相当重症だパーフェクトだと乾によく分析される、桃城や越前あたりにも何かにつけ言われる、大石は優しいのか諦めているのかあまり言わない。
皆菊丸の身勝手は無自覚の産物と思っている節があるが自覚ならちゃんとある。産まれたての赤ん坊じゃあるまいし、菊丸ほどの過ぎた身勝手が無自覚であったならもはや罪だ。
罪というなら不二のこの態度だって罪だ。不二が、手塚と手塚のテニスに勝るものをその心奥に抱え得ないという、菊丸に対する大罪。普段なら毛ほども気にならないしかし今日に限っては
「今日なんの日だか知らないなら教えてあげますけど」
「英二の誕生日でしょ」
不二は百二十人目の敵を一蹴した。
「親友の誕生日って知っててその態度!」
「親友じゃないよ」
百二十一。
「僕は英二が好きだから」
百二十二人目を軽々捻る手を不二は止めなかった。菊丸もラグの心地よさに身体を預けたままでいた。
菊丸はそれからしばらくエロ本の隠し場所探索に頭脳と肉体を働かせ、不二は菊丸が断りなしにテレビの前を横切った瞬間だけ物騒な表情をしたがあとは黙々と敵を沈め続け、撃破数はついに百八十九に達した。
菊丸は後ろから不二の肩とあごをつかみ引き倒すようにその顔を抱え込んでキスをした。不二の口内の温度はいつもぬるい。英二の体温が高いだけだよと不二はいつも言う。
菊丸が唇を離すと不二は顔を背けて幾度か咳き込み、いま首がグキッていった、と恨みがましい目を向けてきた。その指はコントローラーのスタートボタンの上にのっていて百九十戦目のゲーム画面は見事に静止していた。執着にも似た抜かりなさ。
不二は二百二十まで記録を積み上げ、そこでようやくコントローラーを置いた。三十の差を即刻巻き返すべく入れ替わりにコントローラーに手を伸ばした菊丸に、今度は不二が口づけてくる。キスの傍ら、菊丸が片目でゲーム画面を見ながら対戦の再始動をしていると、コントローラーを持った手首を強くつかまれた。
触れる舌先から伝わる震動はくぐもってぬるい。
(すごい手抜き)
(おまえに言われたくないっつの!)
2009.11.28
/ 菊丸誕生日おめでとう!
×
|