三文策士

 

 順境、静穏、不変、退屈、どんなときでも自分の行動に明確な意味をもたせるのが、柳生の生き方だった。そうやって不毛なほど執拗に足もとを照らしながら歩むほうが、頭をからにして突っ走るよりよほど安易で安全だ。
 そういう自分をまさか見せたわけも告げたはずもないのに、俺がおまんじゃったら三日で窒息して死ぬる、と知った顔で苦言ともつかず悪童じみた笑みとともに吐いた男が、ここ最近の柳生の相棒。
 昼休みの教室の片隅でぼうと頬杖をついていたのを、
「なァにをぼーっとしとんじゃあ、紳士」
 机の向かいに座る仁王に指摘され、柳生は自分が呆けていたのに気づいた。早くこの場から退散したいが口実が見当たらず、わざわざ偽ってまでつくるのも面倒で、結果すこし現実逃避をしていた。不自然に白茶け、光が当たれば銀糸のようにきらきらと見る者の目を刺激する髪を、仁王はなぜ生まれつきだなどと言い張るのかと思っていた。詐欺師なら、そんな嘘とも呼べない嘘をついてはならない。
「青学んやつらだまくらかす作戦立てえっちゃおまんが言うけえ、頭しぼっちょんじゃろが。気ィ入れて聞きんしゃい」
「聞いています。騙せなどとは言っていません、オーストラリアンフォーメーションの対策を」
「おんなじじゃ。ほなら決勝ん日は朝からおまんが俺じゃからの」
 人に話を聞けなどとよく言う、仁王は柳生の反論を簡単に遮っておのれの我を通そうとする。柳生は努めて冷淡に彼を呼んだ。
「仁王くん」
「なんじゃ」
「その行為に意味があるんですか」
 あえて作戦と呼んでやらず、くだらないと声音ににじむのを隠す気もなく問えば、仁王はふらりとひどく透明な瞳をして色も肉も薄い唇を横に引いた。机に腕を敷いて身体を伏せると、顔だけを斜めに傾げ、眠たげな猫のようにくあ、とあくびをしてははっきりと退屈そうに笑うのだ。不愉快だ、とは思うが、表情を変えない自信も余裕も柳生には十分にあった。
「そんなことをしなくても勝てます」
「そりゃそうじゃ」
 くあ、と仁王がまたあくびをこぼす。昼休みの終わりが近づき、人のすくなかった教室内にも徐々に喧噪が戻りつつある。机の脇を通りすぎた女子が、柳生を見てすこし変な顔をした。他クラスの柳生がいるからということではなく、彼と仁王という組み合わせが異質に映ったのだろう。同じ部に所属していてダブルスを組む機会も最近では目立って増えてきたというのに、いまだ誰の目にもなじまず、柳生自身まるで慣れない。
 奇異だ、と、頭痛がわくように思った。意味がないのは仁王が作戦と称する馬鹿げた行為ではなく、いまここで彼と向き合っていること自体なのではないか。
「不満なんか、入れ替わるんが」
「必要性を感じません」
「俺がおまんの髪ば色抜いちゃるとに」
「やめてくれたまえ」
 ぞっとするようなことを言うな。思わず目を逸らしてしまい、柳生はすぐに後悔した。仁王の鮮明な視線が首筋にからみつく。
「意味のないことをしたいんですか、あなたは」
 そんなに愚かな人間ではないでしょうと、買っているのではなく多分に侮蔑を込めて言うと、ごく薄いナイフを薙ぐようにふたたび向けた視線の先で、仁王もまた平べったく笑った。
「したいのう、おまんとなら」
 他愛なく言った、途端、仁王の手が柳生のネクタイを根元からつかもうと突然生まれ変わったように俊敏に動いた。が、柳生はそれよりもさらに素早く立ち上がる。
 仁王が笑みを消してすこし苛立った顔をした。ゆっくりと身体を起こす彼から一歩離れ、ではまた放課後、と事務的に柳生は告げる。仁王の指が柳生の手首を捕らえようと追ってくるのをまた一歩退いて、よけた。
 受け入れることに意味はない。紳士と詐欺師など、いつか必ず道を違えるに決まっているのだから。
(けれど紳士が詐欺師を更生させたなら?)
 ああ意味がない、意味がない、柳生は眼鏡のブリッジを中指で押さえ、疲れきって唇を結び、希代あるいは低級な正体のない詐欺師のもとを去る。

 

 2005.7.3
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