ペルソナ4短文ログ
※日記からの再録です。タイトルにオンマウスで登場人物表示。
感傷|NO
NAME|Please
vanish.
感傷
小西早紀と花村/08.10.11
しんじゃった
おおきな口がいとおしかったな、それしか思い出せない。
その犬は、誰が撫でても、途端に牙を剥いてすごい形相をした。だから早紀も最初はその犬がこわかったし、二つ下の弟は早紀の後ろに隠れては泣きべそをかいた。
よろこんでるみたいだよ、という弟の(早紀の、でもあるけれど)幼なじみの男の子の言葉を、早紀はうそだと思ったけれど(よろこんでてこの顔なの?)、のちに飼い主のおじさんも同じことを言ったので本当だったみたいだ。動物の気持ちをすくいとる弟の幼なじみを、こころのやさしい子なのね、と早紀は思った。
元気でうつくしい犬だと思っていたけれど、本当はもうずいぶんおじいちゃんだったらしい。
「ろうけんなんだよ」
飼い主のおじさんの言葉を、早紀はそのときまだ小学生だったから、すぐには漢字に変換できなかった。
老犬。
老犬はそれから、六年間生きた。驚くぐらい、強く、長く生きた。
「あの子がうちの犬じゃなくてよかった」
バイトの休憩時間、バックヤードにエプロンを投げ捨ててただの客のような顔をしてフードコートに出ると、空は青く澄み渡っていた。早紀の言葉に、エプロン姿のままついてきていた後輩の少年が、戸惑ったようにすこし眉を下げる。
「自分ちの犬だったら、もっと悲しいでしょ」
「そう、すね」
少年の声はいつもよりずっとトーンが弱く、慎重だ。答えにくい話を振ってごめんね、と早紀は思う。思うけれど、いちばん言いやすいので、彼に言う。言ったって仕方ない、だけど黙って溜めてはおけないことを、全部彼に吐き出す。甘えていると自覚のないふりをする。
「うち動物飼えなくてよかったな。なくすのいやだから」
大事な物も。ちょっと疎ましい物も。人のうちのペットも。
「なくしたくなかったの」
恋も。
「もし私がいなくなっても」
「先輩、」
「花ちゃんは悲しまないでね」
「冗談でもそういうこと言うのやめてください」
ときどき思い出してくれたら、それでいいよ。
▲
NO
NAME
千枝と番長/08.10.14
行儀よくそろえた両膝に両手のこぶしをおいて、里中は隣の席の月森の横顔をじいと見つめる。授業中なので、月森は時折机に頬杖をつきつつも、意識も手も遊ばせることなくまじめにノートを取っている。里中も当然そうしなければいけない立場にあるのだが、使いやすくてかわいいだけのシャープペンシルを持つために、なけなしの集中力ごと握ったこのこぶしをひらく気にはなれなかった。白いノートのまぶしさや前回のテストの点数を思えばこころが揺らがないではない、だけどそれらに関してはいざとなれば頼りになる親友や、ほかならぬ隣の席の彼が助けてくれる。はずだ。
月森は普段となんら変わらない無表情で黒板を見、ノートに目を落としてシャーペンを走らせ、教科書のページをめくり、また顔を上げる。里中は彼を見る。月森がシャーペンを赤のカラーペンに持ち替え、一行と半分ほど、フリーハンドで教科書にアンダーラインを引く。里中は彼を見る。月森はふたたびシャーペンを持ったが、その手をぱたりとノートの上に伏せると、若干うつむいて小さくため息した。里中は彼を見
「里中」
「はいな」
「ちゃんと前向いて授業を受けなさい」
月森が前触れなく里中のほうを向いて小声で低く言ったが、里中は驚かなかった。月森が里中の視線を承知しながら素知らぬふりで授業を受けていたことを、里中だって承知している。
里中が自分の机をつかみ、ガタガタと音を立てて月森の机にくっつけると、月森のほうが驚いた顔をした。教壇の細井教諭が里中たちに向けて左手の人形の口をぱくぱくと動かしたので、二人はそろって胡散臭い笑みを浮かべて首をすくめ、ちょこりと頭を下げる。細井ちゃんパペットが、うむ、と頷いた。
「なんだいったい」
「教科書忘れちゃったので見せてほしいであります、隊長」
「うそつけ。そこにあるそれはなんだ」
「はっはっは、バレたか」
「その演技力と小道具の雑さは問題ありだぞ」
「演劇部のホープに言われたらおしまいですなあ」
ぼそぼそと私語をかわす里中と月森のうしろでは、細井教諭のご指名を受けた花村が、なんでこいつらじゃなくて俺なんだよ! と理不尽さに憤りながら立ち上がり、わかりませんすいません! と勢いよく潔く答えている。天城が肩越しに振り返り、そんな花村と里中と、それから月森を見て、とても楽しそうに笑った。
いつも通りに花村に助け船を出せなかったことを月森が悔いるような顔をしたのが、里中はすこし悔しくて羨ましかった。天城の笑顔に月森が当たり前に微笑み返したことも、悔しくて羨ましかった。
花村とばっかり仲良くしてずるい、と思う。けれど月森と花村が日々絆を強めていくのがうれしいとも思う。雪子をとられちゃったらどうしよう、と思う。けれど、天城と月森が並んで立つ姿、言葉をかわしては時折くすりと笑い合うさまはあまりにも似合っていて、見ているだけでうっとりと頬が染まる思いがする。
里中は自分の教科書を机の中にしまい、月森の教科書を二人の机の中間点に勝手に引き寄せた。月森は何か言いたげだったが、あきらめたように黒板に目を戻した。里中もまた両手でこぶしを握って膝におき、月森を見つめる。より至近距離で突き刺さるようになった視線に月森は若干居心地が悪そうだったし、何かあるなら口で言ってくれ頼むから、という降参的オーラを全身から発してはいたが、知らないふりを決め込むことにしたようで、もう里中のほうを向こうとはしなかった。
なるべくたくさん月森を見ていたい、と里中は思っている。恋だとか、そういうのじゃない。そういうのかどうか確かめるために、月森を観察したいのだ。
花村が月森の親友であることに嫉妬する、月森が天城の心を奪いつつあるのが不安でたまらない、戦闘で月森に守られることが歯痒い、月森をかばえないと悔しい、怪我はないかと心配されるとうれしい。こころも頭もぐちゃぐちゃでいつだって落ち着かなくて、だけどぜんぜんいやじゃない。この気持ちの名前を、里中は知りたい。
月森は背筋を伸ばして授業を聞いている。里中はこぶしを固め、彼を見る。
▲
Please
vanish.
足立と番長/09.9.2
おそろしく不本意だという顔をしやがった、ポーカーフェイスが聞いて呆れる。
どこへ行くんですかとやたら低い声で訊くので、きみのうちだよと答えると、するりとした眉間に薄くしわが寄った。ははは、わかりやすいガキ。心中で笑ってから気付く。いま、眉をひそめたということは、出会い頭のこの少年はたぶんまだ常と変わらぬ無表情だったということだ。どうしてここであなたに会うんだ、と瞬時に明白な嫌悪を浮かべたと思ったけれど。
気のせいだったのだろうか、嫌われているという自覚ゆえだろうか、それとも少年の心根を汲み取る術に我知らず長けてしまったのだろうかと思えばまた笑えた。口端の歪みを慌ててこらえる。
「遼太郎さんのうち、でしょう」
少年がまた低く言う。訂正というより抵抗という表現がしっくりくるような声音。
「その言い換えに何か意味あるの。いまはきみのうちでもあるでしょ」
「俺のうちと言われると、あなたが俺に用があってきたようで、嫌だ」
「きみに用なんかないよ。ところで腹でも痛いの?」
「どうしてですか」
「腹が痛そうな声出してるから」
少年がぴくりと片頬を痙攣させて舌打ちをこらえたのがわかった。ここで我慢がきくあたり、少年は目上を敬えという教育を存分に受けてきているようだ。親の見ていないところでも親の言いつけを守るなんて、見上げた良い子。
ブレーキのはずれたところをいつか見てみたいと思った。
「……足立さん」
「なに」
「困りました」
「え。ほんとに腹、」
「あなたの名前を口にするだけでイライラする」
とんだ良い子だな、このクソガキ!
▲
×
|