※日記からの再録です。
殺人者それじゃあさよなら、また来年

 

 

殺人者
06.12.2

 

 会いたくないならこなくていいし、軽蔑するなら笑えばいいし、気に食わないなら殴ればいいし、奪いたいならセックスだけでいい。
 意味のないつまらない関係のままでいいし、
 きらいなら、きらいって言えばいい。
「死んじまうけど」
 言われたら、きっと俺は死んでしまうけれどね。
「気味が悪かのう」
「あ?」
「死ぬる死ぬるてひとりごちとうよ、切原が」
「あっそうじゃあ死ぬんじゃねえの?」
「余命三ヵ月かの」
「三日で十分だろい」
 言い放って高らかに本気で笑い合う鬼のような先輩たちを無視して、赤也は足早に部室をあとにした。本当なら椅子の一脚二脚十脚ぐらいはぶち投げてやりたいところだが、あの豺狼どもを相手にそんな世界の終焉に挑戦するがごとき暴挙に出る勇気がせまい自分の心のどこかに秘められているだろうか、いやない、せめてそれこそ殺す勢いで乱暴極まりなくドアを閉めてささやかな抵抗を。
 ドアと壁と鼓膜を震わせる衝撃がさめない夕暮れのうつくしい廊下、の向こうの角から厳然と現れた真田に見咎められる前に、赤也は逆方向へ逃げ出した。走って走って昇降口を飛び出してもまだ走って、そして、校門の外に彼を見る。
「モジャ原くん、おれ待たすとかってオメエ何様?」
 さも信じられないという面でふてぶてしさを炸裂させる彼こそが何様だ。呼んだ覚えはない、したがって待たせた覚えもない、こんな奇跡を起こせる行いのよさにもまるで覚えが
「ない、ん、ですけど」
 きらいなんて日本語も必要ない、存在だけであんたはおれをころす、
 生かす。

 

 

 

それじゃあさよなら、また来年
07.12.31

 

 一年の終わりの朝に喧嘩をした。先に手を出したとか出さないとかそんなことはどうでもよかった実際出されたのは足だし関係なかった。
 次の一年も終わったなと切原は思った。この人は殺す勢いで俺に回し蹴りだし、俺は殴り返したうえ大嫌いだと言ってしまった。もう修正がきかない気がして途方に暮れる。
 寒々しい川沿いの土手の上に広がる空には、分厚い雲が帯状に走っている。そこを境に下は焼けるようなオレンジで上は茫洋と青い。こんな景色は見たことがない。まっすぐ真横に走る青白橙の三色はどこかの国旗に似ていたりするんだろうかと思ったが切原は地理も苦手だ。
 気温がとても低くて指先が凍える。芥川にマフラーを取られたので首筋も寒い。くそ震えるな、と切原は念じた。右手。俺の右手。寒くて震えているのならまだましだったのに。
 日がのぼる。オレンジが雲の帯を超えて青を食って空全体が燃えるのだろうかとおそろしいような気分になったがそうはならなかった。オレンジはただ強烈なまるいひかりのかたまりになってゆっくり青の中をのぼってゆく。雲の帯が徐々にほどけてちぎれて薄まって綿菓子のようにきらきらふわと遊ぶ。
 長い茶髪をふたつに結んだノーメイクのどピンクのウィンブレの女子高生(推定)がすごいスピードで自転車を漕いでくる。ごつい自転車にはどこかの新聞社の錆びかけたプレートがついていて、おおきな鉄の前カゴの中はからっぽ。女子高生はスピードを落とさずドリフトじみて大げさに華麗に切原と、切原の正面で座り込んでいる芥川をよけていった。
 美人、と切原は思った。勤労美人。化粧したらブスになっちまうんだろうなと思うとがっかりだった。こどもで男だから化粧の価値がわからない。ファンデーションにもチークにもグロスにもキスなんかしたくないと思う。芥川がおんなだったら、と、思う。
 芥川が地面を向いたまま低くよみうりと呟いた。プレートの文字を読み取ったようだ、女子高生の眉毛のしっかりした男らしい美人面に切原が動体視力を使っていたあいだに。
「あそこは、むかつく。勧誘がしつけえ」
「そうなんすか」
「そう」
 十五分ぶりぐらいに芥川が口をきいてくれて切原は安堵した。嘘ですあんたのこと嫌いじゃないです。そんなわけはないです。凶暴で足癖の悪い男だっていい。蹴られた脇腹が鼓動と連動して痛む。
 芥川が左の頬を押さえて立ち上がった。切れた唇の端を舐めて、すこし顔をしかめた。
「ねえ一緒に初詣」
「いかねえ跡部といく」
 それが理由で喧嘩。芥川の決意は固く、一年の終わる朝に切原と一緒にいてはくれても始まりの朝には会う気すらないと、回し蹴りの果てに証明するのだった。芥川は自分のところの部長をそれはそれは大事にしていて、たぶんたからものみたいに、神様みたいに思っている。わかってんだそんなこと、超ウゼェ。
 ふ、と芥川の黄色い頭が身体ごと揺れて傾いで、目で追った途端に顔に一発食らった。それからキスされた。勢い任せすぎて唇がうまく重ならなくてああもったいないもったいないもったいない。
 なんの余韻もなく、一秒で芥川は背を向けた。やっぱり終わった、今年どころか来年もその次も永久に終わったと涙目で切原は思っ
「じゃーまた来年」
 肩の高さでふらりと手を振って、芥川は行ってしまった。切原はその背中を見送り続けた。あばらが痛い。頬がジンジンする。あ、マフラーパクられた?
(また来年)
 唇が甘い。 

 

 

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